おうちヨーガ*episode

 

私がヨーガをひとに伝え始めてから、ずっとヨーガで繋がっている女性がいます。

 

彼女ははじめ、スタジオに通ってこられる一人の生徒さんでした。

 

肩に痛みを持っておられ、ポーズによっては、とても辛そうな表情をされていたのを覚えています。

 

そのあと、私が伝える場所を変えても、つかず離れず、私の目の前に座っていっしょにヨーガをして下さいました。だから、彼女との思い出は本当にたくさんあり、今や何でも話せる間柄です。

 

お顔を見ていない時期もありましたが、友人として、手紙で近況を知らせてくれたり、違うヨーガの先生の所へ通っている話、瞑想の合宿に行っているなんて話も聞かせてくれました。

 

生きることは、楽しいことばかりじゃなく、耐えがたいほど辛いこともありますが、彼女はそうして、ヨーガだけは手放すことなく、ずっと大事にしてこられたのです。

 

私のお伝えするヨーガも、心身ともに「個人にフィットする」ことを大切にして、深化していきました。

 

今春から、彼女との一対一のヨーガを始めているのですが、出逢った頃とは違って、変容した私たちのやり取りは、人生に直結した深い内容になっていると感じています。

 

彼女は「まるで油のように劣等感が自分に纏わりついている」と、言いました。

 

しかし、それは、纏わりついている油の内側に、本当の自分が在るということが、わかっているということです。

 

「纏わりついている」と信じ込んでいるだけで、本当は洗い流せるものです。

 

どの人もみな、自分を遡れば、生まれたての赤ちゃんのときがあります。赤ちゃんは生きるために、本能をフル稼働して、情報を収集し、生きるために、どうすれば自分のいのちを守れるかに合わせて、行動していきます。

 

自我が芽生え、意識が育ち、まわりと自分との関係のなかで、大人になる頃には、ある意味油まみれ(彼女の表現に合わせると)になります。

 

違和感は大切な気づきです。本当のあなたの声です。

 

生きてきた年月分の「蓋をしてきた感情」を解き放つには、なかなかエネルギーを要するかも知れません。

 

でも、そのまんま苦しい中を生き続けるよりも、ずっと楽になれるのです。確実に。

 

 

 

この梅干しは彼女が丹精込めて作ったもので、私にお裾分けしてくれました。

 

とても、綺麗だと思いませんか。

 

梅干し作りを2年続けて失敗したそうなんですが、彼女は諦めないで3度目の正直で、成功させました。

 

自分が食べるものを丁寧に作ることができる…こんなにすてきな人が自信を失わさせられる世の中は、どうかしているなあと思います。

 

スピードや効率重視の社会が崩壊し始めているのは感じています。目先の利益ではなく、いよいよ本当は何が大切なのかに目醒め、生き直しを図るときですね。

 

いのちとして、日の光を浴びて、日が沈んだら身体を休め、新鮮なものや手作りのものを食べて、誰が決めたかわからない規格基準にのせられるのではなく、自分そのもので生きられる世の中なら、誰もが真の健康のまま生きられるのに。

 

100人に伝えることよりも、ひとりの友人に心を込めて、ヨーガを伝えることが、世界を変えることに繋がっている…

 

私のヨーガの先生方から受け取ったことを、これからも信じてカタツムリは歩いていきます。

 

 

朝霧カタツムリ